3.13.2010

大学生の就職活動(中公新書)

2月下旬、大学教育において「職業教育」いわゆる「キャリア教育」を義務化すると文科省が発表した。日本において終身雇用が揺らいできている今、外国の学生と同じように、自分の将来についてキャリアを設計するこの重要性が高まっている。
「大学の就職活動(安田雪著、中公新書)」は、1999年発行の古い本だが、就職活動におけるさまざまな疑問と、その背後に存在する社会的な要因を解き明かしている。私が気になった部分を、抜粋してみる。

≪大学教員の悩み≫
学部の専門領域と就職率には密接な関係がある。しかし、このような実利的・功利的な評価基準に反発する風潮が、大学の一部に根強く存在しているのは事実である。確かに大学の存在意義について、企業戦士の要請であるのか、それとも学生時代にしかできない学問に専念させるべきであるのかという問題は、大学教員の間では、まさに「哲学論争」となる。過度な実学の偏重、あるいは就職予備校化しかねない教育への傾斜が危惧されるかと思えば、反対に、実社会の要請からまったく乖離した教育内容が問題視されることもある。
授業の内容については、就職状況への損得など一切配慮せず、学問としての自立性を大切にすべきであると考える教員もいる。同じように望む学生や保護者、職員もいる。一方、学生の大半が卒業後に就職する以上、望ましい職業を選択できるような職業訓練的な教育を施すことを重要視する教員も存在する。

≪インターンシップのメリット≫
アメリカの大学教育の根底には、一貫した実用主義がある。大学で学んだ知識だけではなく、現実の社会における実務体験を就職以前に持つことの必要性について、大学、企業、学生の認識が一致することにより成立した制度である。学生にとって、インターンシップにはさまざまなメリットがある。まず、現実社会を見つめ、自分自身のキャリアを考える機会となる。また、アルバイトとは異なり、教育効果が保障された労働体験をすることができる。実務的な体験をすることで、大学での履修内容や専門科目の勉強の意義について考え直すことが可能になる。実社会において多くの社会人と接することにより、自己評価、自己認識を深めることができるといったメリットが存在する。
一方、受け入れ側の企業にとってのメリットもある。従業員以外の者が参入することにより、企業自体の自己評価、自己認識が改まる。部外者である学生が一時的にも日常業務の場に加わることで、企業の雰囲気が活性化するというメリットもある。社会貢献というイメージを打ち出せれば、企業の広報活動にもなる。
大学側にも、個別企業とのつながりを持つことはメリットをもたらす。何よりもまず、産業界からの大学への要請を知ることが可能になる。閉鎖的な教育から抜け出し、学生とともに現実社会の実態に即した教育を行う契機となる。産業界における問題を理解すること、そのニーズを知ることで、実践的な研究・教育を行う可能性が開ける。

皮肉なことに就職活動に際して、自分自身の職業適性や個別企業の見極めや産業社会に対する知識武装をしておくことを重視するならば、実社会の現場に自ら脚を踏み入れる経験を積むことを必要としているのは、みしろ社会科学系や人文科学系の学生なのかもしれない。すべての人がシェークスピアの戯曲を楽しむ能力を必要としているわけではない。他方、大学時代には、その時にしかできないような、古代ギリシア語や中世ドイツ語の原書購読に邁進し、卒業後に就職した時点から社会人として誰でもが身につけざるをえないようなことは勉強していくというのも筋のとおった考え方である。後者の選択を行う場合には、企業研究や自己分析不足を棚にあげて、企業の採用方針や採用システムに一方的苦情を述べ立てるべきではない。インターンシップ制度は、今後、定着していくにつれ、労働市場の人材流通メカニズムや、大学教育のありかたを変化させていくことは間違いない。なぜならば、インターンシップ制度は、大学の教員と学生そして企業に対して「学生は大学時代に何を学ぶべきか」という問題をつきつけるからだ。

≪アメリカの大学生の就職活動≫
アメリカの大学生の場合には、在学中に就職活動をすませ卒業式直後から働き始める者、卒業後の夏休みに集中的に就職活動を行う者、卒業後数年間をアルバイトや旅行に費やし、その後に職探しを始める者など、その就職行動は多種多様である。新規学卒採用という制限と就職活動の期間の制約がまったくない点は、日本とは大きく異なっている。とはいえ、主流となるのは、大学四年次の春ごとから、いわゆる日本の就職活動に相当する活動をぼちぼちと開始し、卒業後に本格的な就職活動を展開、その後就職先を決定させるというコースである。
日本と同様、大学が学生に就職活動を提供する機会が多いため、在学中に就職活動を開始する学生も多い。しかし、企業が他の企業よりも先んじて優秀な学生を確保しようと青田買いに走ったり、申し合わせを作成して統一歩調を強制しあうことはない。その理由は、労働市場の流動性にある。いくら青田買いをしたところで、優秀な人材であれば、本人自身がいずれ転職、キャリアアップをはかるであろう。また、新規学卒の一括採用のみに依存しているわけではないため、新規学卒労働力以外から、必要とする人材を確保するルートがつねにあるのである。